黄色い歯科の看板を目印に

観光シーズンも終わり、この辺も落ち着いたから、遊びに来てよ!

というメールを、華ちゃんからもらった。

高校の同級生だった華が、東京を離れて長野の原村に移り住んだのは、去年の春の事だ。

原村に越すから、と電話で聞いた時、何の土地勘もない所に、どうして? 仕事はどうするの? と質問攻めにしてしまったが、彼女はただ一言『渉の故郷だから』と言った。

華のご主人の渉さんは、一昨年の初夏、脳梗塞で倒れ、一命は取り留めたものの、半身麻痺が残ってしまったのだ。華夫婦は、揃って前向きな性格なので、まさに二人三脚でリハビリに励んできたが、年々暑さが増す東京の気候が、渉さんの回復の妨げになるのでは、と彼女は危惧していたし、渉さんがだんだん暗い表情をするようになってきた事から、渉さんの故郷で、避暑地でもある原村への移住を決めたのだった。

高速の諏訪南を出て、華に教えられた通り、歯科の看板を探して、慎重に車を走らせた。

ナビがあるから大丈夫よ、という私に、何言ってんの !田舎はね、都会と違って、目的地に着きましたって言われて、周りを見渡しても、畑しかない、って事も多いのよ。大まかなの。

だからナビをあてにしちゃ駄目!と言われていたのだ。

案の定、カーナビが右折を指示したが、それまでに目印の歯科の看板はなかった。

2分ほど進んだ所で、やっと黄色い歯科の看板を発見。

ほっとしてそこで停め、華に電話をすると、少し先の木立の中から、彼女が走り出てきて手を振ってくれた。その目は、きらきらと輝いていた。

良かった! 移住は間違ってなかったんだ! 私は安どして彼女の方へ向かった。