ストレス発散のために姑の介護に関する愚痴を書いていました。

元々、育児ブログを書いていたんです。これは離れて暮らしている実家の両親に孫の

成長記録を見せるために作成したもので、パスワードでロックをかけて知っている人

間しか見れないような形式で書いていました。パスワードなしでブログを書くように

なったのは、姑の介護が原因です。夫とは同い年なのですが、末っ子の夫には当時8

0歳を超えた母がいました。夫には歳の離れた兄弟がいたのですが、皆さん海外にお

住まいで日本に戻ってくることはできません。姑は舅に先立たれて、一人暮らしでし

たが、そろそろ痴呆が入ってきていたようで、サ高住に入れようかどうしようかとい

う話になっていたのでした。夫の兄弟は、「お金の面なら、日本に戻れない分出せる

ので、サ高住に入れるなら入れてやろう」ということでまとまっていたのです。もち

ろん夫もそれには賛成でしたし、私も月に何度か様子を見に行くだけでいいならそう

してもらえるのが一番ありがたかったのです。でも、姑本人がとても嫌がったので

す。

 

「どうしても家を離れたくないし、離れるなら家族と一緒に住みたい」という姑でし

た。自分が姑の立場だったら、きっと同じことを言うだろうなとは思ったのですが、

姑の願いを聞くということは、姑にこのまま一人暮らしをさせ続けるか、我が家に姑

を呼ぶかの2択しか有りません。まさか、上の兄弟の赴任地である海外に行かせるわ

けにはいきませんから。そんなわけで、姑が身の回りの荷物だけを持って我が家に来

たのですが、それからの生活がとても大変だったのです。自分のことは何でも自分で

できると思い込んでいる姑との生活は、痴呆が入っていなくても大変だというのに、

痴呆が入っていてしかも我が儘でした。小さい子供がいる我が家は、姑が来てからは

 

毎日が戦争状態です。姑が来てから一月の間に私も夫もヘトヘトになり、体重は減り

白髪は増え、10歳は老け込んだと思います。そんな状態の時に、ストレス発散に愚

痴を言いふらすために開設したのが今のブログです。

 

誰かに電話をかけて愚痴っている時間はなかったのですが、どうしてもこの憤りを誰

かに聞いて欲しくて、家が寝静まった夜中にパソコンを起動して毎日更新を続けまし

た。中には過激なタイトルのものもありましたし、文章が支離滅裂になっているもの

もありましたが、介護で苦労している人というのはどこにでもいるんですね。着実に

読者が増えて、コメント欄には同情と同じ境遇にいる誰かからの励ましのコメントが

つくようになりました。今は、姑も無事に亡くなって平安な日々が続いていますが、

ブログがなかったらあの状況はとても耐えきれなかったと思います。